東京で仕事していた頃の事
私はしばらく海外にいた事があり、英語ができる。日本に帰国後、英語を使う仕事という事で東京のとあるメーカーの海外営業の仕事に付いた。帰国後すぐに見つけた仕事だし、いい会社かどうかなんて特に気にせず入社した。
小さい会社だがその道では名の通った会社だと言うのは働き始めた後で分かった。だけど本当の事を言うと、仕事に差し支える様な人間関係のいざこざがなくて、毎月言われたとおりの給料がちゃんと出ているなら、私にはどうでもいい事だった。
社長も海外にいた事がある人で、私の上司もそうだった。そんな訳でなんとなくお互い分かり合える部分があり、入社後は快調な滑り出しだったと思う。老舗というほど古くはないがベンチャーといわれるぐらい新しくもない、どこにでもありがちなそこそこの会社だった。だからまあ、こんなもんか、と思って腰を落ち着けていこうかと思った私だったが、この社長と上司がかなりの曲者だと気づくまで一年掛からなかった。
社長は典型的な二代目のボンボン社長で、常識に欠ける人だった。能力ではなく自分の好き嫌いで人事を行うので、仕事のできる人はどんどん会社を離れて行った。社長に胡麻をすって地位を手に入れた人は総じて仕事ができず、しかしながら自分の地位を鼻にかけて威張り散らしてばかりいた。私の上司もそのうちの一人で、威張りちらすだけでなく、遅刻、早退、突発欠席の常習犯だった。しかし社長のお気に入りであるためお咎めなしだった。部下である私はこの人に相当振り回された。
しばらくは何とか耐えようとしていたが、二年目の中頃には面倒くさくなってしまった。なんでこんなわけの分からない人たちに毎日付き合って、サービス残業までして社長のお気に入りがほったらかしにした仕事を片付けているのか、考えたら馬鹿らしくなった。
そんな訳で三年目が始まった頃、退職願いを出して受理された。急な退職だったこともあり送別会も何もなしだったが、はっきり言って清々した。